まんぷく ネタバレ 第11週「まんぺい印のダネイホン!」あらすじ前置きレビュー!2018朝ドラ

まんぷく最終回ネタバレ朝ドラ / 歩行者天国!福ちゃんバンコクの屋台で麺食べる

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『まんぷく』
2018年12月10日~12月15日放送

『まんぷく』第11週あらすじ

GHQにより、萬平さんたちがお縄となってしまい、新聞沙汰にまでなったことで、たちばな塩業は、塩の専売局から信用を落としてしまいます。

さらに、ひと夏の間、塩をつくらなかったことで、鉄板や大釜にサビがついてしまい、塩づくりが困難なことになってしまいました。

福ちゃんは、塩つくりは他でもやっているので、いっそのこと塩つくりはやめて、ダネイホン作りに専念したらどうかと提案します。

みんなが進駐軍に捕まっている時、タカちゃんが学校を卒業したら、神部さんと結婚することを忠彦さんが認めてしまったと、克子姉ちゃんから聞かされる福ちゃん。

タカちゃんが、学校を卒業するまで、まだ2年半先のことです。

福ちゃんの説得もあり、萬平さんは、みんなを集めてダネイホンの製造販売に専念することを宣言し、社名を「たちばな栄養食品」に変更すると告げます。

世良さんは、全国販売をするなら、病院だけでなく、栄養失調の人間は、家で寝込んでいる人もいるし、そこらへんにたくさんいる。

日本中の老若男女に知ってもらえるようにして、もっと味を改良しろと言います。

ダネイホンの課題だった味を改良すると、世良さんは、日本の中心に販売と宣伝のための子会社をつくるんだと言って、東京へ進出することになります。

東京支社として「たちばな栄養食品販売株式会社」では、真一さんが営業本部長になり、神部さんをはじめ、堺、倉永、堀、小松原、増田が出向することになりました。

この5人は、戦争のあおりもあり、ろくに勉強ができなかったので、福ちゃんが、ダネイホンが売れたら、奨学金を出して、学校へ行かせたらというのです。

ほどなく昭和23年(1948年)が訪れますが、東京支社の開業が2月半ばに向けて、ダネイホンの製造に全員打ち込みます。

世良さんのアイデアで、放送やホーローの看板を使って大々的に宣伝をすることになりました。

その結果、ダネイホンは予想を超える売り上となり、大ヒットとなります。

福ちゃんに第二子を妊娠したことがわかりますが、喜びもつかの間、東京支社の出向組のための奨学金が給与にあたり、その分納税していないと、萬平さんが所得税法違反に問われ、お縄になってしまいます。

しかも進駐軍の動きは早く、萬平さんは翌日に起訴され、軍事裁判にかけられ有罪となります。

罰金7万円、重労働4年を課せられてしまうのです。

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『まんぷく』第11週 前置きレビュー

ホーロー看板”萬平印のダネイホン”

世良さんは、とにかく味をもっとよくして、老若男女でも食べやすくすることだといい、それだけでなく、商品を知ってもらえるように宣伝をしろと言います。

根っからの営業マンというか、宣伝、戦略なんでもござれなデキル男で、ダネイホンの全国展開に向けて、次々と宣伝するためのアイデアを出します。

今のように、テレビやインターネットなどはありません。

ラジオ、新聞、それとホーロー看板です。

広告代理店を通さず、世良さん自ら、キャッチコピーからデザインまで、宣伝のための下絵を作ります。

世良さんの、活躍ぶりが楽しみです。

ここで世良さんの才能に注目したいのが、社長である萬平さんを宣伝に大々的に使うことです。

今でこそ、アパ社長など、自ら表に立って宣伝をしていますが、当時は、それほど多いことではなかったと思います。

世良さんは、萬平さんを使って、どんな広告を作るか、これが見どころの一つじゃないかと思うのですが、管理人の中では、これが出てきてしまうんですね。

大村崑さん

まんぷく ネタバレ 第11週「まんぺい印のダネイホン!」あらすじ前置きレビュー!2018朝ドラ

と思ったら、どうも大阪の「くいだおれ人形」のイメージっぽいです。

巣鴨プリズン

萬平さんというか、安藤百福さんは、実に波乱な人生を送っていらっしゃいます。

やっと、進駐軍から解放されたかと思いきや、今度は脱税でお縄になってしまうのです。

実話では、安藤百福さんは、戦災で事務所や工場をすべて失っているのですが、幸いなことに火災保険に入っていたことで、4000万円以上あったそうです。

当時の4000万円です。

三田村会長が3万円融資してくれましたが、昭和20年ごろの大卒の初任給が150円だった時代です。

今でしたら、2兆円????頭が混乱してきた・・・

戦後、失業率が20パーセントと言われる中で、犯罪に手を染める人も少なくありませんでした。

安藤百福さんは、若い人たちに仕事を与えようと、塩つくりの他には、漁船を購入して漁も始め、干物にしたりなどしますが、それほど利益のなるものではありません。

安藤百福さんとしては、若者に労働の喜びを教えることが目的だったそうです。

その一方で、これからは自動車が物流のメインになるからと、その修理や整備を行う人材を育成するための中華交通技術専門学校を名古屋に創設しています。

そこでの授業料は無料で、全寮制ですが、食費なども無料でした。

これにかかった費用が、当時のお金で1000万円ですが、すべて安藤百福さんのポケットマネーです。

でも、いまで言うセレブとは、ほど遠いイメージです。

若い人と一緒になって、塩を作ったり、漁船で沖に出て魚を捕ったりしていたのだとか。

人間的に魅力のある人だったと思います。

その傍らで、不動産投資で資産運用をしていたそうです。

しっかりしていますねーーーーーー

安藤百福さんは、塩つくりをしている若い人には、給与ではなく、職業訓練学校のつもりで、「こづかい」のようなつもりだったのですが、これが引っかかってしまい、その分の税金を滞納したというのです。

当時の日本政府は、戦後賠償なで、税収もあがらず、強いては占領軍にとっても、駐留費など取れないので、戦前からの資産家や地主などから徴収。

それでも苦しい状態で、資産家として目立っていた安藤百福さんは、目をつけられてしまったようです。

安藤百福さんは、東京の東京拘置所、GHQに接収された「巣鴨プリズン」に収容されますが、その数日前の12月23日にA級戦犯の処刑がありました。

12月23日は、今上天皇の誕生日になりますが、当時皇太子は15歳です。

わざと、その日を狙ったと言われています。

安藤百福とその妻仁子 インスタントラーメンを生んだ夫妻の物語 (中経の文庫)

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