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いだてん あらすじ第2話ネタバレ / 金栗四三熊本県玉名郡春富村~坊っちゃん

      2019/01/17

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2019年1月13日(日)

あらすじ

テレビ寄席で志ん生(ビートたけし)が語るのは、日本初のオリンピック選手、金栗四三(中村勘九郎)の知られざる熊本での少年時代です。

金栗四三は明治24年(1891年)8月20日、熊本県玉名郡春富村(現在・1955年4月1日合併し、三加和村)に生まれます。

金栗家の家長である信彦は病弱で、6代続いた酒蔵をつぶしてしまいますが、妻シエとの間に、四男三女をもうけます。

信彦が43歳の時に生まれたことから、下から2番目に生まれた子に「四三」と名づけます。

四三が生まれた年、嘉納治五郎は熊本の第五高等中学校(五高)の校長に就任します。

明治29年(1896年)四三が5歳の時、四三の祖母スマに、熊本で嘉納治五郎先生の柔道が見られるから、病弱な四三が、先生に抱っこしてもらえば丈夫に育つと話します。

五高のある熊本まで40キロの道のりです。

父とともに道場へ行くと、人があふれかえり、四三は青年に抱きかかえられますが、見えたのは治五郎の頭部だけでした。

明治30年(1897年)四三は、尋常小学校に入学しますが、病弱で気も小さかった。

実次の妻・キヨメの出産の際、シメはキヨメに、規則的に呼吸するように教えています。

四三は、学校までの山道を駆け上がりながら、いろいろ呼吸法を試してみると、2回ずつ吸っては吐けば苦しくないことに気づきます。

そのおかげで、学校往復12キロを走る「いだてん通学」で虚弱体質を克服した四三。

明治38年(1905年)3月、四三13歳、信彦が血を吐き、四三は春野医師を呼びに行きますが、足にけがを負ってしまいます。

そのころ、金栗家では信彦がこん睡状態に陥り、「四三は嘉納治五郎先生に抱っこしてもらったから、”とつけむにゃあ”(とんでもない)男になる。」とうわ言を言います。

信彦は、四三が戻らないうちにこの世を去ります。

同年、四三は玉名中学校に進学し、寄宿舎生活を始めますが、週に1度は20キロの道のりを走って実家に帰ります。

四三は、軍人に憧れ授業料のかからない海軍兵学校を受けると話します。

四三は風邪をひきやすいので、中学の漢文の教師である五条先生に教わった裸で頭から水をかぶる「冷水浴」を毎朝の日課とするようになります。

四三は試験を受けますが、その帰り道、橋の上から川を眺めていると、幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)が自電車で通りかかります。不合格になったことを告げると、身体を鍛えても無駄と落ち込む四三だが、スヤに励まされ、スヤに教わった歌を一緒に歌います。

それは当時の流行歌「ハイカラ節」の替え歌で「自転車節」という曲でした。

そのころ、東京の美濃部孝蔵は、芸者遊びの勘定をごまかそうと逃げ込んだ寄席で、名人とうたわれる落語家・橘家円喬が高座に上がっていて、孝蔵はその話に魅了され、弟子になろうと決めるのです。

一方、四三は海軍兵学校への道を断たれていると、級友の美川秀信から東京高師を受験すると聞きます。美川から「教育」という雑誌を渡されると、そこに「嘉納治五郎」の名前があります。四三は、嘉納治五郎(役所広司)が校長を務める東京高等師範学校への進学を決意するのでした。

参考:Yahoo!テレビ

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感想

リアルさ

「いだてん」は、著名な人物があまり登場しない話なので、あえて四三の子役は、素人を起用したそうですが、確かに素人だからでしょうけれど、かえってリアルです。

ドラマは、金栗四三と一つ違いの古今亭志ん生が、お互いの幼少の頃の話を互い違いに話し進めていきます。

体の弱い父のもと熊本の山間で生まれた四三ですが、四三もまた体が弱く、心配した祖母スマは、体の弱い治五郎先生に抱っこしてもらったら元気になると、そんな”迷信”を信じています。

四三は父とともに、熊本で嘉納治五郎先生の柔道が見られるからと五高のる熊本へ40キロの道のりを歩いています。

病弱な父は西南戦争の時に、家に来た兵士に危うく命を狙われそうになりましたが、先祖からの刀を守り、そのことが誇らしいのか、四三にもお国のためになるようにと病身でありながらも言い聞かせます。

カリスマとも言うべき治五郎の試合を見ようとしますが、人だかりで、思うように見られず、そんな気配を察した青年が、抱っこしてくれますが、頭しか見られません。

父は、祖母を心配させまいと四三が嘉納先生に抱っこしてもらったと嘘をつきます。

内気な四三は、父の嘘に何も言い返せませんが、そのおどおどとした感じがかわいいです。

父のやさしさに反して、長男の実次は体の弱い四三に厳しく当たります。

四三は、兄の厳しさに涙目で見つめている姿が印象的です。

一心に期待を受けて

体の弱い四三ですが、兄の厳しさもあって、学校を往復12キロの道を走って通うくらい元気な少年へと成長をしますが、そんな四三に、また試練がやってきます。

病身の父のために、夜道を走って医者を呼びに行きますが、家に戻ってきたときには、父はもうこの世の人ではありませんでした。

それでも兄弟も父も勉強のできる四三に未来を託そうと、死の間際に実次は父に学校へ行かせると約束をします。

父はずっと、四三は嘉納先生に抱っこしてもらったからきっと立派になると、嘘を真実のように信じ込むほどにか弱い姿が切ないです。

そんな弱さを四三は肌身に感じてたのでしょうが、この父と兄たちの期待を一心に受けることになります。

姜尚中

四三のけなげで、まっすぐな感じが、新鮮でいいです。

中学生になった四三ですが、四三の通う玉名中学の五条という教師、姜尚中(カンサンジュン)!
確かにこの人熊本出身なので、熊本弁が違和感ないです。

四三は、この五条に風邪の予防に朝、冷水浴をするように言われ、海軍兵学校に進みたい四三は、五条の話を素直に受け入れ、井戸水をかぶりますが、加減がわからず、風邪をひいてしまいます。

可憐な女学生

勉学に体を鍛えたりと、家族の期待もあり、一心に頑張った四三ですが、海軍兵学校の試験に落ちてしまいます。

そこへ幼馴染で女学生姿の春野スヤが、元気に歌を歌いながら自電車に乗ってやってきます。

なんの悩みもなく、山間の田舎道を誰に邪魔されるわけでもなく、のびのびとしています。

落ち込んでいる四三を励ますと、四三は気持ちを切り替えようと、スヤの前でふんどし姿になって川に飛び込みます。

スヤは、ちょっとためらいますが、四三の元気な姿に、笑顔になるスヤが可愛いです。

春野スヤの通う学校は尚絅女学校(現在の尚絅高等学校)は、古くからある女子高です。

対照的な古今亭志ん生

四三と同時代を生きる古今亭志ん生の姿が、まったくの対照的です。

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育った環境が違うと、こうも違うものなんですね。

家族の期待と亡き父の遺言をもとに、すれていない四三はまっすぐ自分の道を突き進みますが、かたや若き日の古今亭志ん生は、その日が楽しければ、それでいいんだとばかりに吉原で遊女とたわむれています。

勘定を催促されると、こんな楽しい時に、勘定を迫るとは”野暮だ”と逆切れ。

遊女を女房と言って、若い衆を煙に巻いて勘定を踏み倒そうとします。

遊女には、吉原の誘いが来たと吹き込み、そのスキに古今亭志ん生は逃げてしまいます。

悪い奴ですねーーーー

風上にも置けません。

古今亭志ん生が逃げ込んだ先が、寄席ですが、ちょうど話をしていたのが、勘定の足りない客を家までくっついて、金を取り立てる若い衆の”つき馬”の話。

あんたが聞いて笑う話じゃないだろって感じなんですが、当時人気の橘家円喬の話に釘づけになります。

つけ馬から走って逃げたことで、師匠を見つけることができたと、キレイな落ちでした。

コラム

IOC会長、ラトゥールの票を取り込め!

IOCは対外的にも対内的にも独立した団体であるが人が構成する団体であるが故、その会長の意見は他への影響力が強いといえる。日本からイタリアムッソリーニへの働きかけに嫌悪感を示していたIOC会長のラトゥールは、東京招致にも消極的だった。

そこで、ラトゥールへ日本の魅力を知ってもらうためにも、訪日を促す動きが始まった。約半年にわたる勧誘が実り、1936年3月に訪日することが決まった。このラトゥールの翻意の背景には、第2代会長であったクーベルタンの説得があった。

クーベルタンはラトゥールに対し、幾度も説得を重ねたのだ。また、フィンランドは開催にあたっては未だ小国であったため、東京招致が確実視された。さらに、日本へと接近する機会をうかがっていたヒトラーの圧力で、ラトゥールの東京支持は決定的なものとなった。

【筆者のコメント】
IOC内でも一番力を有しているラトゥール氏の説得に成功しました。その結果、IOC各委員においても東京支持のメンバーが増えることとなります。

いつか東京へオリンピックを!志を貫いた山本忠興

1920年から30年代にかけて日本のスポーツ界は盛り上がっていった。その中で、いつか東京へオリンピックを迎えたいという想いを抱いていたのが山本忠興だ。電気工学界で名が知れていた山本は早稲田大学の教授をつとめ、競争部長を兼任していた。

陸上経験が深かった広島出身の織田幹雄は、山本に陸上知識を伝えていった。そこから1928年に山本は日本学生陸上競技連合の初代会長となり、同年開催された第9回オリンピック、アムステルダム大会では日本代表選手団の団長の座に就いた。

当時、世界的にみるとまだまだ日本の実力は劣っていたのだが、アムステルダム大会では、金メダリストも登場した。その場面に立ち会った山本は、いつか日本へ、東京へオリンピックを招致したいと構想するようになったのである。

【筆者のコメント】
1930年前後の日本において、世界規模でのスポーツの大会に出ることは珍しくアムステルダム大会でやっと日の目を見ることになりました。その盛り上がりから、山本氏もオリンピック招致を考えていたようです。

ウィーン総会、前後で招致可能性の感触は変わったのか?

日本にとって初めてのオリンピック開催への立候補ということで、ライバル9か国の存在を考えると、東京招致成功は夢のまた夢のように思えた。IOC委員でもあった嘉納治五郎は、「東京招致は9分9厘絶望的だ」と故岸清一と語ったと述べている。

しかし、実際にウィーン総会へ出席してみると、意外にも各委員たちへの日本への期待は高かった。特に根回しを行っていたスウェーデンのエドストロームやアメリカのシェリル、ガーランドたちは東京招致への支持を表明していた。

委員の中でも有力である3名の支持を得たことで嘉納は招致に対する可能性を感じ、1935年、開催地が決定するオスロ総会まで、あらゆる方面から招致に対し力を入れると宣言した。招致都市選定の流れが、日本へと変わっていったのだった。

【筆者のコメント】
ウィーン総会の帰路においても、嘉納は欧州各地を渡り歩き、東京招致に関する講演を行い、柔道指導を行っていました。この地道な活動が後に実を結ぶことになります。

オリンピックに求められる政治的中立性と紀元2600年記念
1936年(昭和11年)ベルリンオリンピックでは、ヒトラーの介入が存していたのは否定できない事実である。しかし、IOCによれば、オリンピックとは政治的な問題を介しない中立的な立場で行われるよう期待されている。政治的に大会開催が利用されてはならないのである。

これを受けて、外務省も「第12回世界オリンピック大会に関する方針案」の中で「オリンピックの目的は政治的関係を超越して健全なるスポーツ競技」であるとし、「政治的色彩ある積極的宣伝を成すことを絶対に避けることを要する」としている。

東京大会において恣意的な政治的介入は特段ないものの、紀元2600年記念として行われることから、後に国家や軍部の影響が現れることが懸念された。実際に1936年9月3日に行われた文相平生釟三郎は大会開催に辺り国民の覚悟を持つべきと断じた。

【筆者のコメント】
当時の日本は、政権に対して軍部の圧力がかかるようになってきていました。スポーツ界においてもその兆候が見られており、オリンピックに対する政治的圧力が懸念されていたようです。

オリンピックの招致準備と恩師嘉納治五郎からの誘い

金栗は、自らのマラソン走者としての人生を振り返った時に、郷里で体育を広めたいと、いったんは熊本に戻った。ところが、東京市が主体となってオリンピック招致運動が開始した。そこで動いたのが、IOC委員でもあった嘉納治五郎だ。

嘉納は東京での招致が決まるや否や、金栗に対してオリンピックは国にとっての大事業であり、金栗氏の手が必要だと言う旨を速達で届けた。故郷で貢献しようと考えていた金栗であったが、嘉納からのたっての希望であれば動かないわけにはいかない。

自分は日本人で初めてのオリンピック選手である。そこで、そのオリンピック経験を活かすべく、東京大会出場の候補選手育成、そのほか、スポーツ選手育成にかかわることを決めたのだ。そして、大塚にある十文字高等女学校に教師として勤めることとなった。

【筆者のコメント】
オリンピックの日本招致を待ち望んでいた嘉納氏にとって、日本初のオリンピック選手となった金栗氏の協力はとても強力なものでした。金栗氏にとっても、その力を十分発揮できた仕事となったようです。

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