チコちゃん耳脇毛?もみあげはなぜもみあげ?由来チャリ毛とは大阪?

チコちゃん耳脇毛?もみあげはなぜもみあげ?由来チャリ毛とは大阪? チコちゃんに叱られる!

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久しぶりに、テレビで和田アキ子さんを見たのですが、相変わらず若いですね。

美容院は、10日に1回行っているそうですが、さすが、あのベリーショートを維持するには、10日に1回は行かないと無理なんですね。

現在68歳とのことで、とても70歳近くには見えませんけれど、髪の毛にツヤがあると余計に若く見えます。

今はやりのグレイヘアなど、無縁な感じです。

ところで、耳の前に生えている髪は、どうして「もみあげ」と言うのでしょう?

大阪では「チャリ毛」というんですね。

和田アキ子さんは、チコちゃんに聞かれて手で「もみもみ?アゲアゲ」と”もむ”格好をすると

チコちゃんから「ボーっと生きてんじゃねーよ!」

素直に、笑っちゃいました。

「チコちゃんに叱られる」(2019年2月8日放送)より、まとめました。

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もみあげはなぜもみあげ?

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耳脇毛がなまって”もみあげ”

 

詳しく教えてくださるのは、日本の髪の歴史を研究するポーラ文化研究所、シニア研究員の村田孝子さん。

そもそも「もみあげ」という呼び名は、江戸時代1700年ごろ、呼ばれるようになりました。

それまでは「耳脇毛(みみわきげ)」と呼んでいました。

江戸時代後期の語源書「言元梯(げんげんてい)」を見てみると「毛美阿気(もみあけ)」(※”気”の”メ”ではなく”米”)

この言葉の説明書きには、「耳脇毛(ミミワキゲ)」この言葉が変化して、現在のもみあげになっていたったんですが、それにはある大きなきっかけがありました。

そのきっかけとは”結髪(けっぱつ)”とは、髪を結ぶことなんです。

江戸時代の日本では、遊女たちを中心として、髪を結ぶことが流行。

それまでの日本女性は、髪の毛を垂髪(すいはつ)と言って、まっすぐに下ろした髪型が主流でした。

耳脇毛は隠れ、見えることができません。

遊女がやりはじめた、結髪で、髪を高く上げるようになり、耳脇毛が見えるようになりました。

この女性の耳脇毛を見て、江戸っ子の男たちは「う、うつくしい」

女性の隠された部分が、見えるようになったので、たぶん男性たちは、色めきたったんだと考えられます。

男性が、女性の耳脇毛に関心を持ち、頻繁に言葉を使うようになった。

ミミワキゲ→ミミワゲ→モミワゲ→モミアゲとなったのです。

江戸時代の書物「ひとりね」には

桐屋の小静という(桐屋の小静という)女郎のもみあげ(女郎のもみあげが)あまりうつくしかりしかば(あまりに美しいので)

男性が女性のもみあげに美しさを感じた、という描写が描かれています。

もみあげとヒゲの境目は決まっている

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もみあげと、ひげの境目は、胸骨の上辺のラインです。

ちなみに英語でもみあげは”Sideburn”

これは実在したバーンサイドさんと言う方からもらった言葉です。

チコちゃん耳脇毛?もみあげはなぜもみあげ?由来チャリ毛とは大阪?
元ロングアイランド州知事のBurnside氏

チャリ毛とは大阪?

個人的に気になったのが、岡村さんと和田アキ子さんが”チャリ毛”と言っていた言葉です。

大阪全般で使っているワケではないようです。

漢字では、茶利毛と書き、「ちゃり」は、滑稽の意味を持つ「茶」の動詞化「ちゃる」の連用形からきています。もともとは女性のもみあげのことを指し「ちゃり」ともいうそうです。

おどけた身振りなどを「茶利」と言い、浄瑠璃や歌舞伎で、滑稽を主にした場面を「茶利場」と言います。

「恥ずかしい」そんな意味もあるようです。

見られて恥ずかしいところ、そんなニュアンスかなと思いました。

おまけ

江戸時代の男性の間で流行した、ロウなどをもみこんであげた髪型が語源とする説など、諸説あります。

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