いだてん森山未來がカッコいい!中村勘九郎歌舞伎の隈取? / 第5話感想あらすじネタバレ

いだてん おりん役モデル実在?若い頃の女優夏帆(かほ)年齢や結婚? いだてん

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2019年2月4日(日)

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あらすじ

高座に上がったほろ酔いの志ん生は、突然オリンピックの噺を始める。

時は明治44年、オリンピックへの参加選手を決める羽田の予選会。

全国から来た健脚の学生たちに刺激を受け、審査員だった三島弥彦は急きょ短距離走に参戦。

一方、金栗四三は、およそ40キロを走るマラソンに初めて挑む。

ライバルたちとの激しいデッドヒート。憧れの嘉納治五郎の待つゴールを目指すと、競技場へ戻ったとき、四三は一位に躍り出ます。

2時間32分45秒!ロンドンオリンピックの記録よりも22分も早いと、嘉納は興奮します。

仲間たちは四三のために、祝勝会を開いてくれ、その晩、四三は眠れず、ノートの表紙に「勝つために」と書き分析を始めます。

「排便ヨシ」「食事適量」「服装」と書き込みます。

参考:Yahoo!テレビ

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感想

弥彦の活躍

明治44年、オリンピックへの参加選手を決める羽田の予選会では、審査員だった三島弥彦は、集まった選手の熱気に、居ても立っても居られなくなり、威勢よく自ら参加すると、楽々優勝してしまいます。

”はいからさん”たちの黄色い歓声が笑っちゃいますが、管理人も間近にしたら、同じようにはしゃいだかもしれません。

せっかくの活躍なのに、三島家では、まるでなかったかのような扱いを受けてしまうのですから、なんたる偏見!

いだてん中村勘九郎

予選大会は、まさかの雨の中で中止されることなつ行われました。

そうでなくても、ランニングシューズなど、気の利いた履物などなければ、道も舗装などされていません。

次々と脱落者が続出しますが、四三さんは、これまで雨の中でも、学校への道のりを走ってきたことがあるのだと思います。

途中、空腹に耐えられない野口君が、店先から蒸しパンを合法と言わんばかりに食べちゃいます。

雨にも負けずではないですが、四三さんは、ただひたすらに呼吸法を駆使して朴訥と走ります。

ほんと、弥彦の華々しさと対照的ですね。

帽子の赤紫の色が雨で落ちて、顔がまるで血まみれに見えます。

それを見て驚いた沿道の人が、なんだかわからないけれど、四三さんの走る姿に、一緒になって走り出して、お祭りさわぎ!

トップの佐々木さんとは500メートルだから、追い越せるぞ!

四三さん、トップの佐々木さんに「待て!」って、なんでそこで呼び止めるのかナゾ。

佐々木さんは立ち止まって、怖い形相で四三さんをにらみつけますが、そりゃそうです。

どうして、止めるの?

ともかく四三さんは、雨の中を走り切りますが、帽子の赤紫の色素が、もはや歌舞伎の隈取になっている!

嘉納先生がタイムを見ると、2時間32分45秒!

世界記録更新だ!とうれしそうに言うと、四三さんを出迎えます。

四三さんは、優勝できると興奮のあまり足袋を脱ぎ捨てゴールインしますが、なんと嘉納先生に抱きしめてもらうじゃないですか!

まさかこんな場面で、幼いころ、父がみんなにウソをついた嘉納先生に、本当に抱っこしてもらうなんて!

ぐったりした四三さんは、誰でも良かったかもしれませんね。

世界の金栗さん

四三さんと弥彦の活躍が新聞に掲載され、時の人になりますが、四三さんは舗装されていない道を走ったことで、足にけがを負ってしまいます。

そんな四三さんは、足袋を調達した播磨屋へ行って、足袋を改良してもらおうと交渉に行きますが、相手は江戸っ子の職人気質の人です。

丹精込めて作った足袋にケチをつけられたと思い、黙っちゃいられません。

いや~これは難しい、困ったものです。

四三さんは、ケチをつけようなんざ、これっぽっちも思っていませんが、足袋職人の黒坂辛作は、マラソンのための足袋など、頭にありません。

車夫なども履いているだろうから、そんな”マラソン”ごときに、グタグタ言われたくないんでしょう。

いだてん森山未來がカッコいい!

古今亭志ん生の若いころの美濃部孝蔵を演ずる、森山未來さんがナレーションをやっているんですね。

うまく物語と調和した声ですが、車夫を演じれば、背中がなんともセクシー!

ハリのある声で「どいた、どいた!」と、いなせな感じですが、噺家の橘家圓喬の噺にすっかり魅せられてしまい、弟子にして欲しいと頼みますが、どうなることやらです。

コラム

ナチスによるベルリンオリンピック開幕

1936年8月1日、第11回オリンピック・ベルリン大会が開幕した。午後14時、巨大飛行船ヒンデンブルク号がスタジアム上空へ飛来、オリンピック旗をたなびかせていた。16時にはヒトラーが会場入りし、開会式が始まったのである。

ベルリンオリンピックには53か国、日本からは179人の選手と70人の役員が参加した。種目に関していえば、日本は陸上、水泳、体操、馬術のような定番に加え、サッカーやホッケー、ボート、バスケットボール、ヨット、レスリング、ボクシングなど合計11種目に参加した。

次回は東京大会とあって、日本勢は各競技に粘りの闘志を見せた。それに加え、前回ロサンゼルスで勝ち得た以上の好成績が望まれていた。そして、アナウンサーには日本放送協会の河西三省が選ばれ、ベルリンから日本へと試合の様子を届けたのである。

【筆者のコメント】
日本にとっては前哨戦ともいえるドイツベルリン大会でしたが、降りかかるプレッシャーの中選手団はしっかりと好成績を収めることができました。

ヒトラー、意を翻し第11回オリンピックへ意欲を見せる

既に第11回オリンピックの開催地はベルリンと決まっていたのですが、ヒトラー政権が決まればこれを返上してローマに開催権を譲る黙約が存在していた。ヒトラーはユダヤ色が強いものとしてオリンピックを扱い、嫌っていたからだ。

しかし、実際にヒトラーが首相に任命され、ドイツ第3帝国が出来上がるとヒトラーは翻意することとなる。オリンピックを政治的な宣伝の場として活用しようとしたのだ。この陰には宣伝相であったゲッベルスの入れ知恵があったと言われている。

さて、国際的にヒトラー率いるドイツを知らしめるため、第11回ベルリン開催は返上しないことに決まった。騎士たちが期待していた東京招致の可能性が、一段と少なくなったのだ。しかし、ユダヤ排斥によってふたたび返上問題が湧き上がるのである。

【筆者のコメント】
ヒトラー政権がオリンピックに意欲を見せたため、ローマへの開催権の譲渡可能性は無くなりました。ただ、オリンピック大会は差別を嫌う大会です。そこで、ユダヤ人排斥問題が取り上げられることとなるのです。

ヒトラーが魅せたベルリン大会への支援

ヒトラーというと独断的なイメージがあるが、1936年に開催された第11回ベルリン大会では、また違った表情を垣間見せた。8月1日から16日までの予定で組まれたベルリン大会は気候の安定を考量しての日程だった。そして、ヒトラー政権の下開催準備が始まった。

まず、口を出したのは競技場だ。大会組織委員会が想定していたものは小規模であるとして国家の支援の下、新スタジアムの建設を計画した。メインスタジアム以外にも水泳競技場やホッケー競技場などが建設されたのである。

さらに、選手たちが宿泊するオリンピック村は、国ごとに生活様式を考慮し、入浴設備や食事内容に至るまで、選手たちが満足いくものに仕上がった。ヒトラー率いる第三帝国の支援あってのベルリン大会となった。この振る舞いは、後のオリンピックにも引き継がれていくこととなる。

【筆者のコメント】
ドイツの大会組織委員会は、失業者も多い時代であるからできる限り費用を抑えて設備の建設を考えていました。ところがヒトラーの介入で失業者も職を得ることができ、スタジアムなどの設備も完成したのですね。

ヒトラーの偏見と東京招致への協力

当時第3帝国を統率していたヒトラーにとってアーリア人種たるドイツ民族は優秀であり、ユダヤ人は卑下する対象であるとされていた。この人種差別は、ユダヤにとどまるものではなく、日本人に対しても同様の想いを抱いていたのだ。

では、ベルリン大会での日本人の優遇やオリンピック東京招致に際して力を貸すなど、どうしてヒトラーは日本に協力的であったのか。それは、やはり政治的な問題にあった。日本は、反共産主義、反ソ連という意思を強く持っていた。

この政策は第3帝国にも通ずるものがあったのだ。そこで、ヒトラーは政治的に日本に近づくためにも東京招致に力を貸したのである。その後、1936年11月25日には日独防共協定、1940年9月には日独伊三国同盟が締結され、ヒトラーの想いは実現するのであった。

【筆者のコメント】
オリンピックに政治は介さないはずでしたが、特段この時代においては政治が物を言っていたようです。ヒトラーの厚遇で東京招致が実現したのは、驚きですね。

ヒトラーへ会いに、磯村英一のベルリン出張

オリンピック招致団はベルリンでのIOC総会に参加すべく、シベリア鉄道に乗り込んだ。東京市長であった牛塚虎太郎は、文書課調査掛掛長の磯村英一氏に黄金作りの太刀と紋付羽織袴を託した。太刀はラトゥール会長へ袴はヒトラーへの土産だった。

ベルリンに到着すると磯村は総統官邸にてヒトラーと謁見する機会が設けられた。磯村は市長代理として、牛塚市長から預かったメッセージを読み上げ、東京オリンピック実現への支援と協力をヒトラーに願い出たのである。

これに対し、ヒトラーは東京市長の意向を了解した旨を告げると、土産物として磯村が持参した紋付き袴を受け取った。冷静なヒトラーの対応であったが、彼が東京市長の意向を了解したことで、オリンピック東京開催の可能性がより高まったのだった。

【筆者のコメント】
ドイツだけでなく周辺諸国に影響力を持っていたヒトラーを味方につけた日本はもはや敵なしと言える状態だったのではないでしょうか。ベルリン総会が待ち遠しいですね。

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