いだてん菅原小春の人見絹枝役!経歴や両性具有?身長?女子マラソン

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金栗四三さんは、日本で初めてオリンピックに出場した選手ですが、日本人女子初の五輪メダリストが、菅原小春さん演じる人見絹枝(ひとみ きぬえ)さんです。

金栗四三さんと共に闘ったポルトガルのラザロ選手が、21歳の若さで亡くなってしまうのですが、この人見絹枝(ひとみ きぬえ)さんは、乾酪性肺炎により24歳でお亡くなりになっているのです。

そんな人見絹枝(ひとみ きぬえ)さんについて、まとめました。

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人見絹枝(ひとみ きぬえ)の経歴とプロフィール

人見 絹枝(ひとみ きぬえ)

生年月日:1907年(明治40年)1月1日~1931年(昭和6年)8月2日

出身地:岡山県御津郡(現:岡山市南区)

陸上競技選手、ジャーナリスト。

日本人女性初のオリンピックメダリストで、100m、200m、走幅跳の元世界記録保持者です。

1913年4月、福浜村立福浜尋常高等小学校尋常科(現・岡山市立福浜小学校)に入学。

1920年4月、岡山県高等女学校(現・岡山県立岡山操山高校)に入学すると、テニス選手として活躍します。

1923年11月、第2回岡山県女子体育大会(岡山女師)に陸上競技選手として出場、走幅跳で4m67の当時日本最高記録(非公認)で優勝します。

1924年4月、二階堂体操塾(現・日本女子体育大学)に入学。塾長の二階堂トクヨから体育の指導を受けます。

1926年4月、人見は大阪毎日新聞社に入社、運動課に配属されます。

いだてん菅原小春の人見絹枝両性具有?

人見さんの名前を検索すると「両性具有」と出てきますが、両性具有というのは、男女両性を兼ね備えた存在のことを言います。

人見さんが両性具有だったという話ではなく、人見さんが1928年にアムステルダム五輪に出場するまで、陸上競技は、女性の参加ができませんでした。

それまでのオリンピックでは、女性の競技は、テニス、ゴルフ、フェンシング、水泳、フィギュアスケートと、当時の女らしさに反しないスポーツとしてとらえられていました。

陸上は、激しいトレーニングを必要としていることから、女性には適していないと考えられていたようです。

ところが、人には、まれに両性具有がいるという話があり、人見さんとは、まったく関係がなく、「日本で初めて女性で陸上競技でメダルを採った人」そのことだけです。

いだてん菅原小春の人見絹枝役!身長?

どうして今回、「いだてん」で人見絹枝さんの役を菅原小春さんが演じることになったのかと思ったら、菅原小春さんは身長170cmですが、人見さんの身長も同じ170cmなんです!

これは、ちょっとビックリ!

明治時代の女子の平均身長は、150cmあるかどうかの頃です。

そんな平均身長の中で、170cmの高身長とあっては、いろいろな面で有利だったのではと思います。

おまけに人見さんには、イギリスで勉強をした、二階堂さんという当時最強の指導者と出会えたことで、持っている身体能力を思う存分発揮できたのかなと思います。

ちなみに人見さんの体重は、約56kg

ちょうど朝ドラ「おしん」の前の1982年(昭和57年)の作品「よーいドン」では、マラソンランナーを目指す主人公の話だったのですけれど、そこでも人見さんが出てくるのですが、演じたのは、当時モデルとして人気だった小野みゆきさん。

小野みゆきさんは、身長169cm。

どのみち、人見さんにはクールなイメージですね。

人見絹枝のお墓

岡山県出身の人見絹枝さんですが、人見さんの後見役の藤村テフさんという、青森県八戸市出身の方がいて、人見さんが24歳で亡くなったとき、遺骨を分骨をして、青森県八戸市十一日町の本覚寺の藤村家のお墓に納めています。

こういう姿を見ると、中村勘九郎さんって、ほんと育ちが良いのだなと思います。

まとめ

人見絹枝さんを演じる菅原小春さんは、あの女優さんの息子とおつきあいされている人だとは、すぐにわかりませんでした。

菅原小春さんのダンスを見ましたが、ここまでの人が出てきたとは驚きです。

ダンサーとしていい作品を、もっと残したら良いのにと思いました。

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