始球式で空振りの理由?大隈重信ストライク!歴史チコちゃんに叱られる

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野球の始球式というと、華やかなイベントの一つのように思えます。

飯島直子さんだから許されたのでしょうが、1996年に始球式に出てきた時の衣装が、セクシーでした。

そんな始球式について、「チコちゃんに叱られる」(2019年4月19日放送より)まとめました。

チコちゃんが、大竹まことさんに、とある質問を始めます。

チコちゃん「試合の前に何かやってるよね」

大竹まこと「始球式」

チコちゃん「あれどうやるの?」

大竹まこと「誰かが来て、ボールを投げるでしょ」

チコちゃん「バッターはどうする?」

大竹まこと「空振りなんでしょ」

チコちゃん「なんで、始球式で空振りするようになったの?」

大竹まこと「ボールをもらった人が飾るじゃない。飾るときに、打った跡とか、土がついてたら嫌だ」

チコちゃん「綺麗なままで渡したいから?ボーっと生きてんじゃねーよ!」

どんな球が来ても、空振りをするのが暗黙の了解となっている始球式。

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なぜ始球式で空振りをするようになったのでしょう

大隈重信が偉すぎて、空振りするしかなかったから~

詳しく教えてくださるのは、名城大学外語学部准教授鈴村裕輔准教授です。

始球式自体は、アメリカから伝わったものです。

記録に残る最古の始球式は、1892年にアメリカで行われたウエスタンリーグ開幕戦でした。
その翌日の地元紙には、「州知事がグラウンドにボールを投げ入れた」と掲載されています。

始球式の方法は、今の日本と違って、客席からグラウンドに向け球を投げていました。アメリカでは空振りをするどころか、バッターが打席にさえ立っていませんでした。
始球式で空振りをするのは、日本が発祥でした。
日本に野球が伝わったのは、明治5年頃です。
日本の野球の発展に大きく貢献したのは、アメリカ遠征などを行っていた早稲田大学野球部でした(1901年明治34年創部)。

アメリカ遠征の中で、始球式というものがあると知り、日本でもやってみようということになりました。
明治41年(1908年)来日したアメリカ選抜チームと、日本のチームが対戦することになります。
その対戦相手は、早稲田大学野球部でした。
早稲田大学野球部が第1戦目でアメリカの職業野球選手の日本で行った初めての試合でした。

その記念として、日本初の始球式を行うことになりました。

それにふさわしい人物として、早稲田大学の創設者であった大隈重信でした。

大隈重信は、内閣総理大臣も務め政界の重鎮です。

始球式で投げることになりました。

たぶんこだったんだ劇場冷静と忖度の間大隈重信

大物の大隈重信による始球式とあって、関係者たちは、まさかこんなに集まるとは。

こうなったら、みんなに見えるように、大隈先生にはマウンドから投げて頂いた方が良いのでは。
側近「それならいっそ、試合同様打者が立った方が大隈先生もさぞ気分をよくなさるだろうじゃあ山脇くんたってくれたまえ。」

当時の早稲田大学野球部の首相で一番バッターだった山脇正治(宍戸開)が、打席に立つことになりました。

山脇「打席に立って私はどのようにしたらよいでしょうか」

側近「それは君が考えなさい」

そして始球式に望むべく大隈がグラウンドにやってきました。

おそらくマウンドから投げる始球式は、世界初めてです。

打席に入った山脇も大隈の側近たちも、なんとなく大隈がボールを投げて、バッターが打てないと思い描いたのに違いありません。

しかし大隈はピッチャーがどのように投げるのか、ほとんど知らなかったのかもしれません。

その結果、キャッチャーにボールが届くことなく、途中でボールが止まってしまいました。

これにより、その場の空気も凍りつきました。

静寂の中、アメリカチームのキャッチャーがボールを拾いに行こうとしました。

山脇は「いかん、キャッチャーがボールを取ってしまったら、判定がボールになってしまう。大隈先生に恥をかかせてはいけない!どうする、どうする俺?」

自分しかいないと思った山脇は、空振りをしたことで

「ストライーク!」
こうして、山脇の空振りにより大熊のメンツは保たれました。

その場で拍手喝采を浴びます。
この空振りがきっかけとなり、日本の始球式は、どんな球が来ても、空振りするようになりました。

しかし翌日の新聞では、この空振りについて、何も触れられていませんでした。

この始球式の顛末が明らかになったのは、何と14年後1922年(大正11年)大隈が亡くなった後に発行された雑誌「運動界」3月号の記事でした。元総理大臣ということでしたが、バッターが気を使って、バットを振ったことが、翌日の新聞記事に書けなかった。

それだけ大隈重信が偉大な人物だということが、うかがえます。

まとめ

実は、管理人は、野球のこと知らないのですが、この大隈重信の話には笑ってしまいました。

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