おしんあらすじネタバレ第26話朝ドラ / 酒田にある米問屋長岡輝子くに

おしん あらすじ 126話ネタバレ朝ドラ / 佐和の裏切り?脱出失敗 キャスト再放送感想 おしん

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2019年4月30日(火)

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あらすじ

やっとたどりついた奉公先の米問屋・加賀屋では、子守の奉公を頼んだ覚えはないと断られます。

おしんは今年も米がとれなくて、母は銀山温泉へ女中へ行き、姉ちゃん2人は製糸工場にいると事情を説明し、置いてくれと頭を下げますが、米が惜しいワケではなく、そんな子供はいらないと言われます。

おしんは何がなんだか分からず、とまどうだけでした。

しかし、一度は断られた奉公を許されて、おしんは子守としておいてもらえることになったのです。

おしんは、それが加賀屋の女当主・くに(長岡輝子)の温情であることを知りませんでしたが、精いっぱい働く決心をしていました。

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前置きレビュー

おしん奉公の話が行き違いに
一人で、最上川の川を乗り継いで、酒田にやってきたおしんは、米問屋の「加賀屋」へ行きますが、奉公など雇った覚えはないと言われてしまいます。

若奥さんから、今晩は近くの宿に泊まって帰ってくれとまで言われます。

おしんは、何でもするので置いてくれと頼みますが、若奥さんは、とてもおしんのような子供には無理だと断ります。

ところが、女主人のくには、役には立たないかもしれないが、米問屋は、小作が汗水たらして米を作ってくれるおかげなので、人助けだと言うのです。

長岡輝子くに

長岡輝子

1908年(明治41年)1月5日~ 2010年(平成22年)10月18日

出身地:岩手県盛岡市

英文学者長岡擴(ながおか ひろむ)の三女として生まれます。

東洋英和女学院卒業。

文化学院中退後、1928年(昭和3年)に渡仏留学し、パリで2年間演劇修行、1930年(昭和5年)に帰国。後に最初の夫となる金杉惇郎とテアトル・コメディを設立し、翌年、金杉と結婚します。

この時の子が、後にNHKのプロデューサーとなる沼野芳脩(1934年 ~ 1997年)です。

1937年(昭和12年)に金杉が亡くなり、軍国主義の嵐が吹き荒れていたこともあり、テアトル・コメディは解散します。劇団は28回の公演、52の戯曲を上演した。

1939年(昭和14年)文学座入り。自作「マントンにて」の文学座公演を演出した。

1944年(昭和19年)、実業家の篠原玄と再婚。

酒田にある米問屋「加賀屋」の女主人の「くに」

おしんは、行儀作法や読み書き、そろばんをはじめ、人や物事に対する正しい見方を、この「くに」から教えられます。

くにも、おしんの心根を愛おしく思い、信頼をよせます。

長岡さんは、おばあちゃん子で育ち、岩手の古く優しい歌のような言葉に包まれて育ちました。

時折、宮沢賢治の詩を朗読すると、地元のお年寄りから懐かしがられます。

長岡さんの演じる「くに」は、山形県酒田市の人ですが、同じ東北で、京都の影響を受けているという点で、相通じるものがあります。

感想

おしんのプライド

おしんは、米5俵がもらえると思って奉公に来たのに、若奥さんには、こんな子供には子守りは務まらないと断られます。

すると、おしんは若奥さんの一言に、少しムッとした表情を見せました!

おしんは自分の実力がわかっているので、悔しかったと思います。

しかも若奥さんに「そのお金を持って帰るんだぞ」と言われ、子供なのに、世間の冷たさを味わなければいけないなんて。

大奥様の決断
きっぱりと子守りを断ったはずの大奥様でしたが、「小作の家で米が獲れないなら、あの子の家も困っているだろう。たった一人で来たのも、病気のばあちゃんや妹弟に、ひもじい思いをさせたくない一心だ。その気持ちを察してあげなければ。あんな子供、役に立たないかもしれないけれど2年の奉公で、少しは役に立つだろう」

こんなことを言ってくれる人がいるなんて、おしん良かった。

しかも大奥様の気遣いは、お嫁さんの若奥さんにもあり、これは自分ではなく、若奥さんの決めたことにしたら、あの子供は、若奥さんに感謝するし、若奥さんも使いやすいだろうと言うのです。

人情話で、いい話です。

うどん詰まらせる
一人さみしく、うどんを食べていると、若奥さんが来て、加賀屋へ置くにしたと告げると、おしんは信じられない気持ちで喜びます。

家に帰っても、どうせ大根飯しか食べられないけれど、うどんが食べられるなんて、生まれてから今日まで、いったい何回食べたことがあるんだろうか。

そんなことよりも、加賀屋へ置いてもらえることになって良かった。

さっそく、大奥様や主人、お加代さまに、あいさつをするおしんですが、明るく元気で、仕事ができそうな印象です。

先輩のウメときくにも紹介すると、さっそくお風呂掃除をすると言うおしんに、そんなキツイ仕事が、お前にできるわけがないと断られます。

おしんは、7つの時、奉公に1年行ったのでできるとアピールすると、きくとウメは7つから奉公やっていたのかと驚きます。

世間的に言ったら、この当時でも7つで奉公は、あまりない話だったのですね。

おしんは、自分の休む部屋を案内されると、部屋にはランプがあり驚きます。

おしんが生まれてから、ランプを見たのは、中川材木問屋と銀山温泉でしかなかったからです。

ところが、ランプはもう古くて、もうすぐ電気というものが通ると言われます。

おしんの家など、明かりと言ったら、囲炉裏だけで薄暗い生活です。

若奥さんは、お加代さまの着物のお古を持ってきて、着物を着せます。

おしんは、こんな立派な着物を着れるなんてと、とてもうれしそう。

一人で、酒田までやってきた甲斐がありました。

翌日、誰よりも早く目を覚まして、ご飯炊きをしようとすると、「お前に、ご飯炊きなどできるワケがない」と先輩に叱られます。

おしんはめげずに、ご飯の炊き方を話をし、「自分にやらせてほしい。

米5俵ももらっているのだから、何もしないのは罰が当たる」とまで言います。

ご飯炊きの後は、水くみをして、その次はと、良く気が利きます。

お小夜をつれた若奥さんが現れると、すかさず若奥さんのところへ行って、明るくあいさつをするおしんは、ほんと良くできた子です。

おつねさんの仕込んだ甲斐があったものですが、中川材木問屋とは勝手の違うことばかりです。

気を利かせて良かれと思い、おしめを川で洗うと、おしめはお前の家の子供とは違うのだから、井戸水を使って洗うんだと叱られます。

材木問屋と聞くと、それなりに裕福のように思えますが、加賀屋の方が圧倒的に財力があるので、中川材木問屋と何もかも違うことに、おしんは茫然としてしまいます。

大根飯ではなく、麦飯が食べられ、立派な着物も着られ、今までの苦労が報われたのですが、これまでやってきたことが通用せず、不安になってしまうのも仕方がないです。

苦労症が身についてしまうと、抜けられないんです。

日本は、急成長ができたことで、おしんのような子供はいなくなりましたが、海外で、このドラマが流行ったのも、おしんのように苦労している子どもが沢山いたからだと思います。

平成最後の日でした。

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