大河ドラマいだてん片山萌美ちいちゃんの経歴とプロフ!カップは?

いだてん ネタバレ 38話(10/6)古今亭志ん生ビートたけし脳出血「長いお別れ」 いだてん

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大河ドラマ「いだてん」で、森山未來さん演じる美濃部孝蔵のいなせな感じがいいですが、それに花を添えるような、勝鬨亭(かちどきてい)のちいちゃんが、なんともツヤっぽくていいです。

どんな人なのか、まとめました。

片山萌美ちいちゃんの経歴とプロフ!

片山 萌美(かたやま もえみ)

生年月日:1990年10月1日

出身地:東京都

出身学校:麗澤大学経済学部 経済学科

グラビアアイドル、女優、タレント

所属事務所:ウイントアーツ所属

両親は俳優なんだそうですが、誰なのか特定はされていないので、わかり次第アップします。

19歳の頃、タレント養成所のオーディションを受けます。

女子大生のころ2012年、第44回ミス日本コンテストに出場し、ミス日本「ネイチャー」を受賞しています。

その後、舞台を中心に活動しています。

2015年5月、週刊ヤングジャンプ主催の「ゲンセキ10」にノミネートします。

週刊プレイボーイのグラビアで「これは事件だ」と話題に!

 

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#週刊プレイボーイ #表紙 #電車 #中吊り広告 買ってくださった皆様、ありがとうございます(^-^)

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YAHOO!雑誌ランキングで1位を獲得しています。

2016年7月2日にはQVCマリンフィールドで「スポニチスペシャルデー」として行われたロッテ対オリックス戦で、始球式に登板しています。

2016年11月、舞台「悲しき天使」で舞台初主演を果しています。

2017年1月、2nd写真集や関連グラビアなどでヘアヌードを披露しています。

2018年、映画「万引き家族」で母親の北条希役

片山萌美アメブロ

 

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#妄想カノジョ #週刊ジョージア #花嫁 #片山萌美 #純白 めっちゃテンションあがる!

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大河ドラマいだてん片山萌美ちいちゃん

浜松の勝鬨亭のちいちゃんを演じる片山萌美さんですが、ネットで「惚れた!」と散見します。

管理人から見ても、着物姿のちいちゃん、かなりイイです。

勝鬨亭は、浜松に実在していて肴町にありました。

現在は、ビリヤードなっています。

ちょうど舞台「西遊記」にも出演しています。

もちろん玄奘役!

大河ドラマいだてん片山萌美ちいちゃんのカップは?

着物を着ているので、よくわかりませんが、グラビアアイドルなので、スタイルはお墨つきです。

身長:170cm

スリーサイズ:B92、W59、H87 cm
カップサイズ:G
靴のサイズ:24.5 cm

 

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インスタに載せてなかった。 #moemikatayama #片山萌美

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もう少し、ちゃんとした役につけると良いですね。

コラム

永田市長と山本忠興教授との出会い

東京市長であった永田秀次郎と早稲田大学教授であった山本忠興、通常であれば共通点のない彼らであるが、1930年6月に奇跡の出会いを果たすこととなる。同年5月、永田は市長として再任された。そして来る1940年が紀元2600年にあたるとしえ祝賀行事を予定していたのだ。

そんな折、秘書課で市長を支えていた清水照が東京へオリンピックを呼び込めないか案を出した。他方、早稲田大学教授と競走部部長を務めていた山本忠興は、ドイツで行われる第4回国際学生陸上競技選手権大会へ向け出発する挨拶をするため永田を訪問した。

そこで、永田はふと東京へオリンピックを呼び込めないかと尋ねたのである。山本にはアムステルダム大会の日本選手団団長の経歴もありオリンピックに精通していただけでなく、心のうちに東京招致の夢を持っていた。この二人の出会いから、東京開催へ向けての招致活動が始まった。

【筆者のコメント】
全く接点のなかった永田氏と山本氏は、まさに天の引き合わせのごとく出逢いました。両社のオリンピック招致への想いが通じたのかもしれませんね。

嘉納治五郎、下村海南による岸清一説得への試みが成功した夜

永田東京市長から岸清一体協会長への説得を請け負った下村海南は、講道館柔道の創始者でもあり、柔道の父、そして、日本の体育の父としても慕われている嘉納治五郎へ協力を依頼した。永田と下村が嘉納の下を訪れると、嘉納は笑顔で対応し、東京招致に賛成の意を示した。

そこで、永田は嘉納に、岸からの賛同が得られないことを伝えたのである。これに対し、嘉納は下村と共に食事の席を設け、岸の説得を試みると返してくれた。1931年1月下村と嘉納、そして岸は築地の料亭で食事の席を設けた。

嘉納と下村、岸は食事と酒を楽しみ、心を許しあっていった。夜も更け、時は23時を過ぎる。下村がタイミングを見計らい、「賛成してはいただけませんか?」と、岸に問うたところ、岸は「思い切ってやってみますか」との返答を返した。岸の重い腰が上がり、体協の賛同が得られたのである。

【筆者のコメント】
下村氏が協力した裏側には永田氏の強い思いと、下村の新聞社で勤務する田畑政治が水泳選手育成に力を入れている背景がありました。下村氏もオリンピックに期待していたのですね。

反対する岸清一を説得するための永田の方策

永田秀次郎東京市長と山本忠興早稲田大学教授のオリンピック招致への想いは熱く、早くも国内での活動に打って出た。必要となったのは、スポーツ界を収める大日本体育協会の賛同である。しかし、同会会長の岸清一はこれに反対の意を示していた。

岸は日本のIOC委員にも就任しており、オリンピック事情について精通している。しかしながら、日本の情勢を見ると、通訳者や宿泊施設の不足、さらにはヨーロッパから遠いと言う地理的な要因もあるため招致はとても無理だと言うのである。

そこで、永田は、体協設立にかかわった経験のある下村海南に相談した。下村は当時朝日新聞社の副社長を務めており、後に日本放送協会の会長にも就任した人物である。下村はその人脈を生かし、「体育の父」とも慕われている嘉納治五郎へ協力を求めるのだった。

【筆者のコメント】
直接永田氏が招致を主張してもさらに対立は深まったはずです。下村氏に仲介を依頼したのはとても良い選択でした。

IOCブランデージ会長の期待

1958年、東京でIOC総会が開かれた。その時会長を務めていたのが、ブランデージだ。もとはアメリカのIOC委員を務めていた経歴を持ち、幻に終わった1940年東京大会招致の際にも尽力していた。開催は返上されたが、1964年招致にも積極的にかかわる意向を示す。

ブランデージは、来日してすぐ、日本人の持つスポーツ熱への期待に言及した。さらに、IOC総会とアジア大会双方の開催に評価し、その中で、競技場の建設にも触れ、東京大会開催の資格についても評価する態度を表明したのであった。

滞在中は、東京大会での競技場の視察が行われた。国立競技場視察には、ブランデージやフランスのアサール副会長など委員が参加、電光掲示板には「IOC会長、実行委員を歓迎する」と表示されるサプライズも用意し、より一層好感を示したのであった。

【筆者のコメント】
1940年東京大会に全面協力していたブランデージ氏にとって、返上は落胆を隠しきれなかったことでしょう。しかし、東京への評価は当時と変わらず、前向きに招致へ向けて動き出したようです。

まとめ

とっても魅力的で、気になる人も多いと思います。

孝蔵とお似合いな感じですが、花を添えておしまいなのかな?

孝蔵役の森山未來が、金原亭馬生と古今亭志ん朝役も演じて話題になりました。コチラもご覧ください。
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