奈良岡朋子(おしん)現在家族や父?大学や経歴?若い頃の画像や最終回

奈良岡朋子(おしん)現在家族や父?大学や経歴?若い頃の画像や最終回 おしん

スポンサドーリンク





 

奈良岡萌子さんというと、同年代の女優さんと言えば、華やかな元タカラジェンヌが目立っていましたが、いわゆる硬派な演技派の役者さんです。

ジャンヌ・モローや、キャサリンヘプバーンの吹き替えは、奈良岡さんのイメージとピッタリです。

そんなことからか、石原裕次郎や高倉健から慕われていたと言うのもわかります。

奈良岡朋子さんについて、まとめました。

奈良岡朋子大学や経歴?

奈良岡 朋子(ならおか ともこ)

生年月日:1929年12月1日

女優、声優、ナレーター

出身地:東京府東京市本郷区(現・東京都文京区)駒込

父の影響で、幼い時から絵に親しみます。

東京府立第一高女(現・東京都立白鴎高等学校・附属中学校)の15歳の時、1945年に父の故郷である青森県弘前市に疎開して、青森県立弘前中央高等学校を卒業します。

その後、女子美術大学洋画科に進学して、1951年に卒業します。

1948年、女学生の時、民衆芸術劇場付属俳優養成所に1期生で入所すると、同年の「女子寮記」の寮生役で初舞台を踏みます。

戦後、間もない何もない時代に、何かしたいという気持ちが強かったのかもしれませんね。

奈良岡朋子さんと交流があった石原裕次郎は、奈良岡朋子さんの5つ年下で、


高倉健さんは学年が1つ下、美空ひばりさんは、8つ年下になります。

みんな何もない時代を、良く分かっていたと思うので、奈良岡朋子さんが、その中で、舞台に立つということが、どれくらいスゴイことだったのかわかっていたのだと思います。

1949年、映画「痴人の愛」で娘の初子役として映画デビューします。

1950年に劇団民藝創設に参加し、旗揚げ公演の「もめ」に小間使役で出演します。

1952年、映画「原爆の子」咲江

1954年の「煉瓦女工」では、初めて主役を演じます。

「イルクーツク物語」のワーリャ役、「奇跡の人」のサリバン先生役などに出演。

民藝創設者の宇野重吉、滝沢修の死後は大滝秀治と共に代表を務めます。


大滝秀治の死後は法人の代表権も奈良岡萌子さんになります。

黒澤明監督の映画「どですかでん」や「はなれ瞽女おりん」などが話題になります。

1974年~1993年、橋田壽賀子脚本の日曜劇場「おんなの家」シリーズでは、約20年にわたり、杉村春子、山岡久乃と共に3姉妹を熱演します。

最高視聴率24.2%

1992年、紫綬褒章を受章。2000年、勲四等旭日小綬章を受章。

フランスを代表する女優の一人、ジャンヌ・モローや


古き良きアメリカの、サバサバした女優キャサリン・ヘプバーンの吹き替えも担当しています。

スポンサドーリンク

奈良岡朋子現在家族や父?

奈良岡朋子さんは現在、劇団民藝の法人取締役および劇団共同代表を務めています。

父は洋画家の奈良岡正夫さんで、青森県弘前市出身。

あの太宰治が、酒を飲んでお金が足りなくなり、借りに行ったことがあるとか!


お父さんの交友関係が、スゴイです。

2004年、100歳で亡くなるまで、画業を続けられていました。

奈良岡朋子若い頃の画像

白いブラウスが、可憐です。

小粋な感じです。

花に例えると桔梗かな。

1970年、40歳ごろ

「おしん」の4年後です。

石原裕次郎との関係

石原裕次郎さんとは1959年「世界を賭ける恋」で初共演します。

石原裕次郎さんは、当時24歳、兄嫁役の奈良岡朋子さんは、29歳でした。

初共演の日、準備万端だった奈良岡朋子さんに対し、石原裕次郎さんは、超多忙で寝坊をして遅刻します。

1時間以上待たされた、奈良岡朋子さんは「もう限界!帰ろうか」と思っていました。

すると、石原裕次郎さんは、あくびをしながら登場します。

見かねた衣装係の人が、「奈良岡朋子さんがお待ちです」というと、石原裕次郎さんは、「不肖の弟で、申し訳ございません」と、深々とお辞儀をして謝罪します。

そして、奈良岡朋子さんと初共演を果たすと、石原裕次郎さんは、「奈良岡さんの演技は、スゴイ」そう言って、奈良岡さんを芸能界の姉として慕うようになり、何でも話し合うような関係になります。

石原裕次郎さんは、奈良岡さんを尊敬して、その後、1986年石原さんが、肝臓がんで闘病することになりドラマ「太陽にほえろ!」を降板します。

誰が2代目ボスを演じるのかと世間の関心が高まる中、石原さんは、奈良岡さんに依頼します。

奈良岡さんは、当時56歳です。

奈良岡さんは、女ボスを演じたおかげで、その後、免許証の書き換えに行ったら、署長室でお茶をご馳走になったそうです。

また、外苑の中を車で走らせていたら、停止線で止まって窓を開けたら、警官に「ご苦労様です!」とあいさつされたそうです。

高倉健との関係

高倉健さんとは1985年「夜叉」で初共演をします。

高倉さん演じるのは、伝説の元ヤクザ「夜叉」を描いた物語です。


奈良岡さんは、高倉が元いた組の女将を演じます。

この「夜叉」の撮影を担当した木村大作さんによると、高倉健さんが人を評価する時に「奈良岡さんは気を感じる」それで、奈良岡さんの演技の大ファンである健さんの希望で出演のオファーがありました。

すると初顔合わせの時、高倉健さんは、号泣していまいます。

田中裕子さんも!

1999年「鉄道員」で再び共演します。

高倉健さんは、奈良岡さんにいくつか美味しいお店を紹介します。

その一つ、ハワイにあるベトナム料理を紹介してくれた時、奈良岡さんが、お店に行くと、高倉健さんから「よく対応をしてください」と店主に事づけをしていました。

マイラン・ベトナミーズ・レストラン
(808) 955-0446
1224 Keeaumoku St
Honolulu, Hawaii 96824

また、奈良岡さんがラジオ番組で、高倉健さんの母について書いたエッセーの朗読をすると、健さんから電話があり、そこで、奈良岡さんの両親のことを話すと、それ以降、健さんは、必ず、奈良岡さんの両親の命日に、欠かさずお線香を送ってくれます。

あなたに褒められたくて (集英社文庫)

奈良岡朋子(おしん)最終回!

ドラマ「おしん」では、ナレーションを担当していますが、あらためてドラマを観ると、奈良岡朋子さんの格調高い読みが、物語を引き締め、観る者の背筋をもピンと張らし緊張感を与えてくれます。

それが不思議と心地よくもあり、子どもの頃は苦手だったのですが、違和感なく耳に入ってきます。

そんな奈良岡朋子さんのナレーションが印象的な「おしん」の最終回に、サプライズなことがありますが、ネタバレになってしまうので書きません。

奈良岡朋子の黒い雨の朗読会

奈良岡朋子さんの「黒い雨」の朗読会については、TwitterやFacebookで、告知されています。

まとめ

お元気にうちに、一度は、奈良岡朋子さんの朗読会に行ってみたいです。

スポンサドーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました