緒方篤監督とはどんな人?プロフィール家族をwiki風インスタグラム?

緒方篤監督とはどんな人?プロフィール家族をwiki風インスタグラム? 芸能

スポンサドーリンク





 

日本人女性として初めて国連日本代表部公使に就いた緒方貞子さんが、2019年10月22日、92歳でお亡くなりなられました。

その息子さんであり、映画監督の緒方篤さんについて、どんな人なのかまとめました。

緒方篤監督とはどんな人?プロフィール家族をwiki風で!

銀行員の父緒方四十郎氏と、国連難民高等弁務官として活躍した緒方貞子さんとの間に1962年に生まれます。

1975年、13歳の時に父親の仕事の関係で、家族でアメリカに移住

ハーバード大学学士課程卒業

日本へ戻り、富士通に入社しソフトウェアの開発をしていました。

アメリカへ渡ってから日本へ戻ってくるのに、10年くらい間が空きますが、よくアメリカから日本へ戻ってくる気になったなと思います。

しかも、ソフトウェア開発というと、どちらかと言えば、一か所にとどまっている印象なので、世界を飛び回っている緒方貞子さんとは印象が、ずいぶん異なります。

ある時、アメリカの友人が、緒方さんの撮った写真を見て「才能がある」と褒めてくれたことから、自分の感性を生かしたことをしたいと思い休職し、マサチューセッツ工科大学(MIT)修士課程でビデオアートを学びます。

もしかして、緒方さんが休職したころは、パソコンはWindowsではなくMS-DOSだったのかな。

ひたすら文字コードをおいかけるイメージですが、映像は、もっと視覚的にわかりやすい世界。

いったん、富士通に戻りますが、ドイツにあるメディア・アート・アカデミーに客員作家として呼ばれ、半年くらいの予定でドイツに滞在しますが、結局そのままフリーランスになり、ドイツのテレビ番組やオランダなどを中心に脚本を書く助成金もらったり、テレビに俳優として出演したりなど活動します。

1993年、第45回ベニス・ビエンナーレ「ゼノグラフィア」

2005年、オランダで初めて短編映画の監督を務めます。

その後、日本で短編「不老長寿」監督

2010年、長編映画デビュー作「脇役物語」

2016年、映画監督「浴衣カウボーイ」など

これまで手掛けた作品は、ソフィア王妃芸術センター、アムステルダム国立アムステルダム美術館、ニューヨーク近代美術館、ボン・ドイツ博物館、ヴェネツィアビエンナーレなどの多数のフェスティバルに出品しています。

こちらは、写真の作品

緒方篤さん自身は、ご結婚はされていないようです。

緒方篤監督インスタグラム?

インスタグラムは、やっていないようですが、こちらは公式サイト

緒方篤監督のFacebook

まとめ

緒方貞子さんと言うと、その生涯を難民のために尽くした印象が強いので、緒方さんの息子さんなら、さぞやお堅い仕事についているのかと思ったのですが違っていて意外でした。

もしかすると、緒方篤さんのご両親は、自分たちができなかったことを、子供にして欲しかったのかなと思いました。

スポンサドーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました