大伴昭(芳村真理旦那)年齢経歴をwiki風!家族性アルツハイマー型認知症

大伴昭(芳村真理旦那)年齢経歴をwiki風!家族性アルツハイマー型認知症 芸能

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いつも元気で明るく若々しい芳村真理さんですが、50年以上連れ添っているご主人は、「遺伝性の認知症」を患っていて、10年ほど介護をしています。

芳村真理さんのご主人、大伴昭さんの経歴やプロフィールなど「爆報フライデー」(2019年11月22日放送)をまとめました。

大伴昭さんの経歴やプロフィール

大伴昭

1929年生まれ。

慶応義塾大学卒業

2018年12月16日没、享年89

日本コカ・コーラ、日本ポラロイド、キヤノン取締役、カルティエ・ジャパン社長を歴任、海外企業の日本での現地法人設立に数多く参画していました。

フランクシナトラと何十年も友人つき合をしていたそうです。

大伴さんは、趣味でジャズバーで歌を披露していました。

大伴昭さんはプロではありませんが、古希の記念に”My Way”というタイトルのアルバムCDを製作しています。

CDの売り上げは、フィリッピンの恵まれない子供たちの養育や教育のために使われるそうです。

2002年、TV「題名のない音楽会」に出演して”My Way”を披露したこともあります。

芳村真理さん大伴昭さんの馴れ初め

芳村真理さんは、1935年4月3日に東京都・日本橋で生まれます。

ともかく東京都立西高等学校を卒業すると、都内のデパートに就職しますが、銀座の山野美容会館(山野愛子!)内にあったモデルクラブFMG(ファッション・モデル・グループの略)に所属します。

1950年代後半(昭和30年代前半)、人気ファッションモデルとして、雑誌などの表紙グラビアを飾るなどの活躍をします。

1962年、27歳の時、歌手のミッキー・カーチスさんと結婚して一児を授かりますが2年後の1964年離婚。

ちょうど離婚した1964年に、心機一転でヨーロッパ旅行へ行く計画を立てます。

すると知人から、大伴さんという人が、良くヨーロッパに行っていると紹介されます。

当時、大伴さんは、キャノンの広報部に勤務していました。

大伴さんは、芳村さんに「パリ・マッチ」というフランスの週刊誌に知り合いがいるので、パリの情報を集めてお届けしますと、大伴さんの広い交友関係で手際よくサポートをしてくれました。

そのおかげで、芳村さんのヨーロッパ旅行は、最高の旅となります。

この縁がきっかけで、大伴さんと舞台やコンサートへ行くなど交流が始まります。

ちなみに、結婚前、大伴昭さんに「小川宏ショー」が向いていると言われ挑戦したことで、後の夜のヒットスタジオの司会に繋がります。

芳村さんは、「この人は誰よりも私のことをわかってくれている」と感じ、本格的に交際をするようになります。

そして出会いから4年の1968年芳村さん32歳、大伴さん39歳は再婚します。

大伴さんもバツイチのシングルファーザーだったので、芳村さんの子供と、大伴さんの中学1年の連れ子と4人で暮らします。

芳村さんは朝食を作る傍ら勉強を教えたり、毎朝8時には、子供を学校へ送ります。

家のサポートは、お手伝いさんにお願いし、番組の収録のため朝9時にはテレビ局へ行きます。

当時、芳村さんが担当した番組は、次々と人気番組になり多忙を極めた芸能生活でした。

しかし、芳村さんは、夜は絶対に家に帰り、芸能人から母親に徹します。

芳村さんは、当時、夜の仕事と泊まりの仕事はNGにするなど、契約の際に、仕事時間を細かく設定していました。

1960年代に、仕事と母親業を両立させていたとは、かなり珍しい事だったみたいです。

(特に芸能関係だと思いますが)

大伴さんは、結婚後、日本ポラロイド社長に就任すると、接待や会食には夫婦同伴が当たり前ですが、大伴さんが連れてくるお客と言うのが、歌手のフランクシナトラや、ジャズピアニストのナットキングコール、アメリカ元国務長官のヘンリーキッシンジャー、ソニーの創業者、盛田昭夫会長など超VIPたちを前に、エリート妻としての教養や振る舞いが要求され、絶対に失敗は許されません。

しかしこの経験が芸能界の仕事に役立ちます。

(それで「料理天国」なんですね!)

こうして芳村さんは、女性司会者としての地位を確立します。

大伴さんも、カルティエジャパンの社長に就任し、トップ実業家として昇りつめます。

家族性アルツハイマー型認知症

芳村真理さんのご主人は、数々の海外企業の日本での現地法人設立に関わって来たエリートですが、2007年、ビジネスから引退をして、茅ケ崎に移住をします。

ところが、その2年後、夫の異変に気づいた友人により、病院で診断を受けると、「遺伝性の認知症」「家族性アルツハイマー型認知症」と告げられます。

最新の調査では、アルツハイマー病の25%は、遺伝によるものなんだそうです。

ご主人のお母さんも、認知症を患っていて、まったく同じ症状が出始めます。

自信と誇りに満ち溢れ、世界の超一流と渡り合った夫が認知症になり、自尊心を大きく傷つけられたであろう大伴さんに、心の内を悟られまいと平静を装いました。

しかし、認知症は着実に進行します。

医師から告知され1年経った頃、大伴さんが、芳村さんを妻だと認識できなくなってしまい、芳村さんは衝撃を受け、家を出てしまいます。

そして3時間後、どうしていいのかわからないまま自宅へ戻ると大伴さんは「ママ、どこへ行っていたの?心配していたんだよ」と普通に戻り、

芳村さんは「ちょっと友人と会っていたのよ」と答えます。

芳村さんなりに介護を頑張っていましたが、ある時、大伴さんが「なんだ、この料理は?誰だ君は?俺は、こんなものを頼んでない!」と激怒し、暴力的になった大伴さんに、芳村さんは、心の中の何かが外れ、思いもよらない言葉を口に出します。

「こんなことをされたら困ります。通報しますよ!」

芳村さんは、いやだろうなと思ったけれど、しんどかったので言ってしまったそうです。

ところが、大伴さんの落ち込む姿を見て後悔をします。

実は、大伴さんは、母の認知症を見ていたので、自分も同じようになるのではと、発症する前から恐れていました。

それにも関わらず、芳村さんは、ひどい言葉を言ってしまい、自分の発言は、夫に認知症を自覚させ苦しませているだけと後悔します。

そして、それまでと考え方を180度変え「これからは、夫に何があってもすべてを肯定しよう」

芳村さんは、大伴さんに、自分が認知症だと気づかせるような行動は極力やめようと決めます。

以来、食事をしたはずの夫が「ご飯まだなんだけど」と、事実を忘れていても、芳村さんは「ちょっと待っててね。すぐ作るから。その間、孫に電話しましょうよ」

否定することなく、話題を変えたり、大伴さんが「家の人が心配しているから早く帰りなさい」と芳村さんの事を忘れてしまった時は、「かしこまりました。掃除も終わりましたので、失礼をいたします」とお手伝いさんになりきります。

芳村さんは、悲しむ余裕などなく、ただひたすら大伴さんに認知症を悟られないように努めます。

本人が一番気がついて苦しいので、何と言われようとも芳村さんが「あーそうだった私が間違えていた」と対応をしていました。

ところが、大伴さんの症状は良くなる事はなく、ついに近所を徘徊します。

警察に保護される事態になり、芳村さんは大伴さんを施設に預ける苦渋の決断に至ります。

夫の安全を第一に、専門家と話し合い、丸二年かけ、30以上の施設を見て回り、徹底的に夫に合う施設を探します。

その選んだ施設は、芳村さんの要望を驚きの形で叶える施設でした。

それは介護士さんが「大伴会長お待ちしておりました」

なんと、認知症だと悟られないように職員が部下役を演じてくれ、夫を病人扱いしない施設です。

その後、芳村さんは笑顔で仕事をこなす裏で、施設に通います。

そして介護に際して気をつけたのは、おしゃれが好きだった夫のために、ストライプのシャツにグリーンの靴下と、おしゃれを忘れず、孫や家族と触れ合えるように努めました。

どんなにつらくても、この2つだけは欠かしません。

それが芳村さん流の介護でした。

ところが2018年、意識がなくなり、自ら食事もできない状態になります。

その年の11月、医師から自ら栄養を取れないので、延命手段として胃ろうをすすめられます(お腹に穴をあけて、チューブを通し、胃に直接、栄養を投与する医療処置)

芳村さんは家族とも相談し、大伴さんの母の時も延命は絶対やめようと言っていたので、胃ろうを拒否しました。

それは体力がなくなり、死を意味します。

芳村さんは、大伴さんと最後に過ごした最高の1日のために、大好きだったフランクシナトラの音楽をかけ、おしゃれだった夫のためにクシを用意し、髪を整えおめかし。

病院に内緒に用意したのは、アイスクリーム。

出会って54年、夫、大伴さんとの最後のデート。

すると意識のなかった大伴さんの顔に、わずかに笑み。

アイスクリームが、最後の晩餐になりました。

2018年12月16日、大伴さんが危篤となり家族一同が病院に集まりました。

大伴さんの最後は苦しむことなく、穏やかな旅立ちでした。

芳村さんは、10年介護をして「認知症は、神様のプレゼント。いろんなことを忘れるから」

そして、芳村さんにとって大伴さんは「素晴らしい人でした。60年以上も愛される事は、こんなに素晴らしい事かと思う」

ご主人が入られていた介護施設が、どこなのか気になります。

情報がわかり次第アップしますが、一つ気になるページがありました。

こちらで、芳村真理さんが講演をされていたので、ここと関係している施設なのかな?
間違っていたら訂正します。

まとめ

ここ数年、明るく元気な芳村さんがテレビに出演されているのを拝見して、いまだにお元気でおきれいで、お幸せなんだろうなと思っていたのですが、まさかご主人が10年も認知症になっていて、その介護をされていたとは驚きました。

全然、そんなそぶりを見せず、さすがとしか言いようがありません。

芳村さん、ご高齢とは言え、芳村さんの明るさを必要としている人はいるでしょうから、時々でもテレビに出演されるとうれしいです。

トシちゃんは芳村真理さんから息子のように可愛がられていたけど、マッチは黒柳徹子さんに可愛がられていた

確かに、そうかもしれません。

黒柳徹子さんは芳村真理さんの2つ年上ですね。

二人とも歌番組の司会をやっていたけれど、管理人は二人とも好きですがライバルだったのかな?

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