はね駒 渡辺謙の小野寺源造役のモデル磯村源透の年齢や経歴?杏誕生

はね駒 あらすじ 154話ネタバレ朝ドラ / ドリフあの母親の娘です キャスト再放送感想 はね駒

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「はね駒」の主人公橘りんの夫となる小野寺源造は、若き修行僧がお寺から脱出するところからの登場です。

かなり斬新な登場ですが、小野寺源造のモデルとなったのは、磯村源透さんという実業家です。

演じるのは、若かりし頃の世界の渡辺謙さん!

渡辺謙さんや磯村源透さんの年齢や経歴などをまとめました。

はね駒 渡辺謙の小野寺源造役の年齢や経歴?

のちに橘りんの夫となる小野寺源造の設定は、明治3年生まれで、橘りんよりも7歳年上になります。

橘りんは、14歳、小野寺源造は21歳になります。

ドラマでの設定は、名古屋の庄屋の息子で、商人の道を目指すのですが、父親に無理やり近江八幡の寺に預けられてしまいます。

小野寺源造は、修行僧がいやで脱走してしまうのです。

はね駒 モデル磯村源透の経歴?

モデルとなった磯村源透さんは名古屋出身で、仏教信仰の強い人だったことから、ドラマでは修行僧として登場したようです。

それが、キリスト教系の学校出身の春子さんと結婚をするのですから、不思議なものです。

ちなみに、春子さんは、クリスチャンとして信仰し、自宅で日曜学校のようなこともしていましたが、亡くなった後は、叔父さんの意向で、お寺にお墓を建てたのだそうです。

磯村源透さんは、泥炭や乾電池の製造事業をしていた実業家で、春子さんと結婚をするのは明治35年のことです。

西洋化して、わずか35年足らずですが、海外から書物などを取り入れ、乾電池の事業を起こしたとは、今のインターネットが浸透するようなスピード感を感じます。

その資料となる英文の翻訳を春子さんがしますが、英語にもっとみがきをかけようと、創立されたばかりの日本女子大学校に通います。

その間に、春子さんは妊娠もしています。

向学心と行動力が目立ちますが、当時、妻を働かせるのは甲斐性なしと言われた時代に、磯村源透さんは、春子さんの好きなようにさせていたとは、とても理解力のあった人だと思います。

磯村源透さんの事業が順調だったころは、現在の品川区御殿山にある二階建ての西洋館に住んでいたとのことなので、ハイカラ趣味だったのですね。

ところが、磯村源透さんが、借金の連帯保証人になったことから、春子さんも否が応でも働かざるを得なくなってしまいます。

ドラマでは描かれませんが、春子さんは41歳で8人の子供を残しお亡くなりになっています。

磯村源透さんは、病身の身となってしまい、春子さん亡き後、5年ののち、お亡くなりになります。

長男が、まだ17歳、下の子が8歳の時です。

はね駒 渡辺謙

渡辺謙さんは、「はね駒」の一年前、伊丹十三監督の映画「タンポポ」で注目をされますが、まだ新人として扱われていたようです。

とは言え、ドラマの役作りについて父親役の小林稔侍さんと「明治の男」とは、どんなものだったのかと話し合ったそうです。

ドラマでは、明治時代を生きた、三通りの男たちが描かれていて、「維新をもろにかぶった」

「転機をつかみ損ねた」「新しい時代に向かって生きた」

明治という時代を背景に、そこに男たちのロマンがあったのではと、渡辺謙さんは考えていました。

渡辺謙さん演じる小野寺源造は、修行僧がイヤになってお寺から抜け出し、事業では失敗しますが、それでも人生を切り開いていこうとする明治の男をうまく出したいと、当時語っていました。

杏誕生

「はね駒」は、1986年04月07日(月)から放送が始まりますが、その一週間後の4月14日(月)に、渡辺謙さんの長女となる杏さんが誕生しているのです!

渡辺謙さんは、この時、27歳。

杏さんも、2013年の朝ドラ「ごちそうさん」に出演し、親子2代でNHKの朝ドラに出演しています。

杏さんが、朝ドラに出演するに至るには、父である渡辺謙さんにはいろいろとご苦労されたとのことで、けして容易な道ではなかったと思いますが、不思議なものを感じてしまいます。

渡辺謙さんは、「はね駒」の翌年・1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で27歳にして、主役の伊達政宗役を演じ大ブレイクします。

この時の視聴率は、39.7%になり、大河ドラマ史上最高の平均視聴率。

ところが、1989年、映画初主演となる「天と地と」の撮影中に急性骨髄性白血病を患い降板することになってしまいます。

ずいぶん悲劇的だなと、当時、思っていたと思いますが、それが大きく世界を股にかけ活躍できるまでになったのですから、もともと持っているものが大きい人だったのでしょうね。

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