こんにちは。きゃんでぃです。
アメリカの通販サイトで、間違えて”コーヒー豆”を買ってしまったことから、フレンチプレスを使う事にしたのですけど、う~ん性格的に、縛られるのがイヤで、4分待たなければいけないフレンチプレスが、生理的に合わずやめました。
ドリップの方が、生理的にあっている事が、良くわかった。
それはさておき、あのアランドロンの元恋人のミレイユ・ダルクがお亡くなりになられたんですね!
アランドロンと言えば、最近、俳優を引退する宣言をしましたけど、なんという年なんでしょう。
ミレイユダルク(ミレーユ)経歴をwiki風!
生年月日:1938年5月15日
出身地:フランス、ヴァール県トゥーロン
トゥーロンのコンセルヴァトワールを卒業後、1959年にパリへ上京します。
1960年オノレ・ド・バルザックの「領主館」を原作としたテレビ映画「地獄の傍らで」でデビューします。
1965年ジョルジュ・ロートネル監督の「恋するガリア」に主演し、マール・デル・プラタ国際映画祭主演女優賞を受賞
1968年ジャン・エルマン監督の「ジェフ」の撮影で初めてアラン・ドロンと共演し、それから公私ともにパートナーとなります。
1988年「ソフィー/遅すぎた出逢い」で映画監督としてデビューした。
2006年、レジオンドヌール勲章シュヴァリエ章を、2009年、国家功労章コマンドゥール章をそれぞれ受章しています。
2002年に建築家のパスカル・デプレ氏と結婚とあるのですが、アランドロンとの絆はずっと続いていたとか。
アランドロンは、離婚したナタリーとも友人関係は続いたと言うので、おフランスらしい関係なのでしょう。
ミレイユダルク(ミレーユ)が死去!死因?
2017年8月28日にパリの自宅でお亡くなりになられました。
直接の死因はわかりませんが、1980年には心臓手術を受けていて、2016年9月に脳内出血をおこし入院をしていたようです。
引用元:http://www.huffingtonpost.fr/
写真は、2016年2月15日のものですが、80歳近くには見えませんね。
まとめ
アランドロンが33歳、ミレイユダルク30歳のときに知り合い、そこから大人の恋が始まりますが、アランドロンの男っぷりが一番良いときに、独り占めしていたミレイユダルク。
美人と言うより、ファニーフェイス・セクシー系だと思うけれど、アランドロンをメロメロにさせたものの子供は出来なかったんですよね。
それまでアランドロンの関わってきた女性の怨念がすごすぎて、できなかったとか?
ともかく、稀な人生経験をされたと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。
こちらでもミレイユダルクとアランドロンについて書いているので、良かった見てください。


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